海で生まれ、川を上り、食卓に乗る 『鰻博覧会 この不可思議なるもの』 東京大学総合研究博物館(東京・文京区)

Unagi02 

Unagi03jpg 鰻料理の説明のためにわざわざ実名の老舗・名店の丼・重の模型を並べているあたり、どこか普通の博物館とは違う独特な素材の料理法である。大学と博物館で、カツカレーのような創造が行われているのかもしれない。とにかく、日本人にとって、昔から鰻は重要な食料である。縄文時代の遺跡でも全国でウナギの骨が出土している。

2000年以上食べ続けても、その履歴はわからなかった。ある時期、田んぼや川でにゅろにょろしているのだから、湧いて出たように見えただろう。

ニホンウナギの産卵地が特定されたのは21世紀になってからである。2006年、東大の海洋研究所がグアム島やマリアナ諸島近海で仔魚を多数採集しDNA鑑定でニホンウナギと特定した。その後、産卵された卵も発見されている。ということは、太平洋の成分を凝縮しながら数千キロメートル漂い泳いで日本の食卓にまで上ってきたのだということである。

さて、にゅろにょろ長くて泳ぐ者は、どうやらたいていウナギの仲間らしい。種属科目鋼門界の目のレベルでいえば、ウナギ目には、ウツボ科・ウミヘビ科・アナゴ科も含まれるという。祖先は同じなのに、今では海で生活するものと、海と川を行き来するものがいる。しかも、ある種では特定の川にしか上らないというのに、別の大陸にそれぞれの名前が付いた鰻がいるのである。明確な意志に基づくものではないにせよ、ある時に伝統を破って川を上ったものがいて、さらにその中の一群が別の川に上るように分かれて、その川が流れる陸地が分離して・・・という地学と生物の歴史のコングロマリットなのである。

一方、もし川に対するロイヤリティはもっと強くて、かつて何本もの支流を束ねた大河が地球温暖化の海面上昇で別々の川になったのではないかと妄想も浮かぶ。現時点の現実を生み出す過去の歴史を解き明かすのは、科学的事実の積み重ねなのだろうが、残りの部分は想像力で補いしかない。その楽しみは科学者だけのものではない。

 

Unagi01 鰻を自然科学・社会科学・人文科学の観点から解剖しようという意欲は、この企画展で表現できているのではないかと思う。過半は自然科学観点からのものであるが、アリストテレスにも洞察できなかったその産卵・成長地域の特定が2千年を経てようやく解明されたという話は、最先端の宇宙科学と同じ感慨を与える。

直径3mの巨大プランクトンネットで、何年間も何百kmも太平洋の海水を濾し続けてようやく稚魚を得るというのは、望遠鏡で全天を走査し続けるのと同じく地味な作業で、結果がでる保証などなにもないのである。

 

数千キロを移動しながら海と川を移動する生物なので、環境の変化を受け取る先行指標にもなるだろう。ただ、若干その観点にも触れながら、基本的には「人間の食糧資源」と言い切る明快さにてらいはない。

さて、この館はコンパクトで無料で客も少ないから好きなだけじっくり見ていられる。係の人に監視されるプレッシャーもない。ただ、最近は大半の博物館に設置されている100円リターン式のコインロッカーはほしい。荷物をかかえていると、置く場所は見当たらないので疲れる。

(2011/8/23 見学、2011/9/2 執筆)

博物館心ミュージアムマインド「東京大学総合研究博物館」へ