文書化されない過去の設計ポリシーを最終製品から読みとるには動かせる状態で維持しておいたほうがよいと聞いたことがある 門司電気通信レトロ館(福岡・門司)

大正13年に建てられたモダンな庁舎の2階に古い交換機があるという。ビデオコーナーの館内説明で見たのですが、と受付で聞くと、館長がいればご案内できるが今不在だという。丁度そこに館長が自転車で帰ってきた。

一言で事情を把握した館長は、私たちを率いて裏の階段に続く扉の鍵を開け、さらにいくつかの扉を鍵でがしゃがしゃ開けながら進むと、天井の高い交換機室だった。今どきのコンピュータルームのような19インチラックではなく金属製の梯子のような架に部品が取り付けられ整然と配線がされている。。電気で動く機械式のリレースイッチで構成されたクロスバー交換機である。

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今でも動く状態のものは全NTTでもここにしか残されていないという。文書化されない過去の設計ポリシーを最終製品から読みとるには動かせる状態で維持しておいたほうがよいと聞いたことがある。NTT西日本のどなたかが何かしら考えて維持されているのかもしれない。

カチャカチャと音をたてて動作する携帯電話機ほどの大きさのモジュールが、1つの架毎に十数段に数百差し込まれている。発信者と受信者の回線を交換手が手作業でプラグを差して接続する世代の交換期と原理的には変わらない。

見学記念に、交換手の時代である明治23年12月始めの東京・横浜電話加入者人名表のコピーをいただいた。番号の総数は300ほどである。役所と大会社、そして”大隈重信”といった大物の名前が手書きで並んでいる。20列15段ほどの差し込み口パネル一つと、人名と番号の対応を暗記した交換手1人がいれば成立する規模である。

このユニットを階層化してしのいだ時期を経て、加入者数が人力コントロールの限界を越えるころにクロスバーが登場したのだろう。交換手は、馘首になったのか、配置転換されたのか、などと妄想を浮かべながらクロスバーの裏側の血管網のようなジャンパー線の束を眺める。

単純な部品ではあるが、ここにさえ技術の蓄積が隠されているに違いない。作業者が一本のリード線の行方を追うには原色のエナメルに頼るしかないが、何千本もの束を追うには識別可能な色の数というものがあるのだろう。色数が多ければ誤認も増えてくるから、生産性を最高にするにはおのずと何色かに限定せざるを得ない。色盲等でたとえば2色しか識別できないとしたら生産性は落ちるだろうし、256色使えても着色工程の揺らぎで識別困難な線が混ざったときの混乱もあるだろう。この色数におさまるまでの歴史というのもあるのだろう。

Mojitele02 文書化されない過去の設計ポリシーを最終製品から読みとるのもなかなか面白いではないかと妄想していると、大サービスで館長はそれ以外の部屋にも案内してくれる。

階段も部屋も壁と天井の間に角がなく漆喰塗りで丸められている。柱と天井のつなぎ目にも一本ずつ別々の装飾が漆喰塗りで施されている。モジュールごとに作成してはめ込むのではなく、現物一本勝負で作られた内装である。職人には嫌われたらしい。しかし、その手間によって文化財として残ったのだ。「ドイツ表現主義」に通じる手法だということだ。今や効率重視の先兵である通信技術を支える建物が建築美術として設計された時代があった。

 

Mojitele03 学芸員資格をとるために通った講座で講師をつとめていた現役学芸員が、ある美術館の設計を大物が設計したために壁が曲面になっており平面の絵画の展示には不都合がある、と憤慨していたことがある。美術の世界でも酷評されるような非効率が、美術として四角四面の交換機室を抱える建物に適用されたのはモダンで形容される大正時代の空気のせいだろうか。

この建物は、自治体が推進する「北九州ルネッサンス構想」(門司港レトロめぐり海峡めぐり推進事業)の一環として、旧NTT門司営業所を歴史的遺産として保存・公開したものである。通信事業の化石化条件がたまたま揃ったらしい。地元にとって必要だったのは建物の外観であろうが、NTTのエンジニアにとっては思い入れのある歴代の製品を展示できるスペースを得たのだろう。

 

Mojitele04 1階展示室には、明治11年の国産1号機電話機から現代の電話機に至るまでの電話機の化石が時代順に横後方に地層をなして並べられている。ところどころに不連続の境界が見て取れる。ダイヤルが消えたのはこの時代だったかと思い出す。大小の段差があるものの、大きな段差の数は十分に数えられる。いずれ歴史が各層を名づけるのだろう。

職場がすぐ近くにだったこともあるのにまだ行ったことのない東京・大手町のていぱーく(逓信総合博物館)にも近々訪れようと考えている。東京には他にも、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC](東京・新宿区)、NTT技術史料館(東京・武蔵野市)がある。NTTの思い入れを何かしら東日本でも見つけられるだろうか。

(2011/8/5 見学、2011/9/1 執筆)
 
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