”民芸品”は20世紀に「発見」されたようです  芹沢銈介美術館(静岡市)

Serizawa02  古代から無名の職人によって作られてきた実用的な民衆的美術工芸いわゆる”民芸品”でしょうが、それらの中の「美」の発見は1923年(大正12年)の関東大震災以降に始まった民芸運動からだということです。運動をリードした柳宗悦(やなぎむねよし)の影響をうけた工芸家の一人が芹沢銈介です。工業学校(東京高等工業学校工業図案科 、現在の東京工業大学)を卒業しているという経歴を見て、そういえば、古代以来、長い間、技術と美術は不可分で、科学者かつ芸術家というタレントも多かったといった話を思い出しました。

  

 最初、展示されている様々な芹沢作品は、日本各地で見るお土産用の民芸品に似ていると思いながら見ていましたが、もしかするとその逆で、それ以前の伝統工芸に学びながら創作した芹沢の影響が現在の一般の商品に及んでいるのかもしれません。
 芹沢が人間国宝として認められるまでに極めた型染(かたぞめ)の技法は、江戸時代の浮世絵と同じく、作成したデザインをたくさんの製品にうつしとれる工業的な手法です。創作は日々用いられてこそ意味がある、ということなのでしょう。
 

Serizawa01  登呂遺跡・登呂博物館見学の帰りに、せっかくなので隣接している立派な石造りの館にも入ってみようと思ったものの、何の美術館かわからないまま建物の印象からは油絵か何かのコレクションかなと思っていました。想像外の内容で、おかげで「民芸」という領域がどのように成立したのか勉強になりました。登呂博物館の弥生時代の工芸品とつながりがなくもないという気はしますが、なぜか、2館の間の直接的な誘導(例えばポスターの掲示とか)がなくてもったいないと感じました。

 考古学と美術との間には何かしら境界があるのかもしれません。

(2011/1/22 鑑賞、2011/6/26 執筆)

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