為政者がお墓にかける執念の歴史の始まりとおしまい 定陵博物院(中国・北京市郊外)

DSC01854  読書中の『10万年の世界経済史』(グレゴリー・クラーク)で仕入れた知識によれば、おおよそ1万年前に始まる新石器時代(農耕開始)までの狩猟・採集の時代には、目の前の現在の価値が大きくて先々のことへの関心が極めて低かったようです。保存のきかない物は今食べるしかないわけですから、数え方もイチ・ニ・たくさん、で済んでしまい、金利もディスカウントレートもありませんでした。耕作が始まって、食物が年を越して保存できるようになって初めて未来のことを考える意味がでてきたのでしょう。死後の世界を想像して生きているうちからお墓の準備を始める必要ができたということです。
  
DSC01868  明代の十三陵(みんのじゅうさんりょう)は”明・清王朝の皇帝墓群”として世界遺産になっているものの一部です。その一つが第14代皇帝万歴帝が国家財政を傾けてまで作ったお墓です。長期の在位の後半はほとんど政治に関心を持たずに個人の蓄財に執心したそうです。石をアーチに組んで天井にすることで柱が一つもないこの地下宮殿はその成果です。既に遺体は1960年代の文化大革命で焼き払われたということですから、16世紀の無茶な投資は今は純粋に世界遺産ブランドの観光資源として細々と資金回収に回されているのですね。
 
 社会に貢献する業績を残せない為政者でもこういう形で名を遺せれば本望なのかもしれません。現代の為政者も墓でなくても何かを残そうという本能がないとは思えないような話がありますね。歴史はまだ終わっていません。
  

(2010/5/1 見学、2011/6/19 執筆)